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日比谷カタン式GUITAR&VOCALクリニック~オリジナリティ科~ 最終回!

  • 2013/03/10(日) 10:00:00

http://closetique.blog100.fc2.com/blog-entry-203.html

あれから半年…。

クリニック恒例、「最終回での受講生による投げ銭ライヴ」の日がやって参りました。
今回は『講座』という形式としてはイレギュラーな方法で、
受講生の発表(ライヴ)を披露し、ゲスト講師として呼ばれる審査員からはコメントを、
一般観客である受講生にはアンケートによる審査と投げ銭による評価を行う、というもの。

今回のクリニックは最初から最後まで、波瀾に満ちていました。

上記、第1回のブログを書いた時点で、受講志願生は6名いらっしゃいました。
その後、一名が聴講に変更。
一名が途中辞退。
もう一名辞退されるも、その方は一回のブランクを経て復帰。
そして、最終回に至りて、一名がライヴ出演をキャンセル…………。

結局当初の半数、3名による卒講ライヴと相成ったのでした。
今回は受講志願生じたい、女性が多かったのですが、
ライヴに出演されたのは奇しくも女性のみ。
直前にキャンセルされたO・Aさんは男性で、作品も見え始めていたので
ここに来てその成果を拝見することが出来なかったのは非常に残念。
ですが、最後まで生き残りし3名の猛者を、それぞれ個人的に振り返ってみたく思います。

◇Y・Aさん◇
今回の受講生で最年長のAさんは、お母様でもあります。
クリニックのなかでも“母である”という点は重要なポイントとなっており、
発声の際に、“子ども”に関するシチュエーションを提出されてのイメージトレーニングも
度々行われました。
それを見るにつけ、
個人の環境や境遇が表現技術に(望むと望まざるとに関わらず)影響を及ぼす、ということを
再確認したものです。

そんな彼女が披露したのは
遠藤賢司さんの“カレーライス”カヴァー
オリジナルの“Waltz End of the World”“祈り”の3曲。

クリニックで主に彼女が課題とされていたのは、発声とブレス。
“ことば”を“うた”として表すときに、呼吸をどこまで意識するか。伝える為にどのような声を選ぶか。
Aさんの歌唱法はわりとファルセットが多く、呼吸にもばらつきがあり表情の乏しい印象があったのです。
そこを改善する為のあらゆる手段が先生から呈示されていました。

それを経て、ライヴでの歌唱はやや自由になり、ブレスのバランスも多少意識されていて、
聴きやすいものになっていました。
彼女の真骨頂はオリジナルの2曲で、どちらもクラシカルな楽曲にファンタジックな事象が乗る、
作品としての完成度は高いものでした。
Aさんは球体関節人形も作られており、
これはわたしの推測なのですが
抱えている思考、経験、感情。そうしたものを具現化したい、という願望が強くあるのだと思います。
そして、それを行動に移すまでの流れの中には、少しの矛盾もない。
物静かだけれど、とてもストレートで強い意志をお持ちの方なのではないでしょうか。
それが故に、オリジナル2曲からは彼女が脳裏に描いたであろう映像がわりと鮮明に見えたのです。

言語化や具現化が思うに任せず、多くのひとはそこで苦悩し挫折すると思いますし
Aさんも勿論その苦悩は外せなかったと思うのですが、
ご自身が得意とされる部分でのセオリーをご存知だと思うので、この2曲で見せた世界は、
また別の意匠でも見てみたい、と望んでいます。

ただ。
審査員の川嶋フトシ氏も指摘されていましたが
この日、彼女はいきなり“カレーライス”の説明から始めてしまい、
最後までご自身の名乗りをされなかったのです。
タイミングはどこでもいいし、MCなしなら名乗らない、という
ライヴのスタイルもアリだとは思うのですが、これはちょっと気になってしまった。
それだけの世界観を見せて頂ける方のお名前が判らないままでは、勿体ないですから…。


◇M・Kさん◇
Kさんこそが、一度離脱し帰ってきた受講生、そのひとです。
第1回の個人カウンセリングで、いきなりプライベートの問題点から露呈し先生と丁々発止。
その後、涙を浮かべる姿も窺えました。
途中辞退されるのもまあ、無理はないのかな…という気がしつつ
「このままいなくなっちゃう筈ないんじゃないか」と睨んでいたら、案の定戻ってきてくださいました。

日比谷カタン式クリニックは常に「なりたい自分」→「じゃあ、どうするの?」というのが
テーマの一部にあるのですが、
冒頭で彼女は「不特定多数に愛されたい」という目標を呈示したのです
(そしてそれは先生にこてんぱんに否定されたわけですが)。

どうやらその言葉の陰には「気にしていてほしい」というシンプルな願いが隠れていたのだと思います。
その後の彼女の受講の様子(辞退も含めて)から、それは実にひしひしと伝わっていました。

そして迎えた最終回。
オリジナルを披露し、
青葉市子さんのカヴァー“不和リン”
そしてオリジナルの“アンダーランド”
山田庵巳さんの“高速バナナに飛び乗って”カヴァーの“高速カボチャに飛び乗って”の4曲を演奏。

ひとつひとつは、たいへん纏まっていたのだと思います。
カヴァーもそれぞれの印象を丁寧になぞっていたし、
特に3曲目の“アンダーランド”はトテモ練り込まれており、
詞を“聴かせる”という点に重きを置いて演奏されていました。
少々冗漫ではありましたが、ぱっぱっと見える点景は、
もの悲しさと優しさが手をつなぐ、穏やかな美しさを感じました。

でも、その「ひとつひとつのまとまり」から見えてくる、
Kさんの「なりたい自分」がどんなものだったのか。
そして彼女は結果「なりたい自分」になれていたのか。近づいたのか。遠ざかったのか。
それが、彼女の輪郭が、まったく捉えられなかったのです。

審査員の宮澤政一氏が彼女をしてねじれコンサバ」と評したのですが、これがツボに入ってしまった。
「不特定多数から愛されていたい」→「気にしていてほしい」と言いながら
「商業音楽じゃないんだから、人前で演奏しなくても」的な発言までした彼女の思考の流れは、
確かにひねくりかえった保守的意識の表れだと思うのです。
けれど、ステージ外での彼女の動き方は(クリニック放課後など、短い時間でしか判らないのですが)
決して消極的ではなく、むしろ積極的にひとと交わろうとしているように見える。

ステージを終えて、彼女には一個人として訊いてみたいことがすごくあるなあ…と
興味を煽られているのです。

◇W・Nさん◇
普段は黒髪のセミロングで、控えめな印象のNさんでしたが、ステージに上がったのは
ロシア帽にブロンドロングヘアの、エキゾチックな女性でした。もうここでびっくり。

第1回でのデモ演奏では確か、たまの“おるがん”を演奏されたのだと思います。
そのとき、全体的にたどたどしいギター演奏の中で、
曲の要とも言えるオカズの部分を、正しく、鮮明に再現されていて、わたしはその瞬間に
(勝手に)Nさんを信頼してしまったのでした。

全体像を捉えることも大事ですが、
“個性”(ってことばがもう何だかなの形骸化なんだけど、そうとしか言いようのないユニークの部分)とは
わりと一瞬、一点のみに集中するし、それを見つけてしまってそこに強く惹きつけられることが
いろんなことの原動力にもなるし…。

それがこのクリニックで重要ワードとして頻出する
“フェチ度”ひいては“Xスキル”だと思うのです。

その意味で、Nさんは今期の“Xスキル”の体現者でした。
披露されたのは、小島真由美さんの“やられちゃった女の子”
オリジナル“どろぼうひげ”
そしてたまの“鐘の歌”

そのどれもが、丁寧で粘り強く、“愛”と呼び変えられる執念で練り上げられていました。
特に“どろぼうひげ”は、
Nさんが今まで聴いてきたもの、観てきたもの、愛してきたもの、繰り返し身に着けていたものを
たまたま気になってしまっただけの『テーマ』に総動員し、起承転結に肉付けした
Nさんにしか作れない曲でした。
「愉しい曲を作ろうと思った」というMCからも、この日のステージ衣装からも伝わるように
Nさんには「おもてなし精神」が通底している気がするのです。

※修了後、ウィッグを外して会場にいらっしゃったNさんに気づけず、
「感想を伝えたかったのに、見付からなかった…!」と悔やんだという話を聞きました。
Nさん、だから是非またライヴやって!


スペシャル◇日比谷カタン
そして講師による「楽曲解説付ライヴ」を最後に。
“スキゾフレニイアパルトメント”
“椛狩~赤の運命~”
“遠い音楽”(ZABADAKカヴァー)
“対話の可能性”
の4曲を披露されましたが、
楽曲解説というよりはわりといつもの「こういういきさつのこういう曲です」
的な説明に終始していましたが…。
でもそれぞれにタイプや奏法、方向性が違う4曲なので、
改めて聴いたうえで気になることや疑問、意見感想や興味が湧いてくる
ショウケースとしてはばっちりのライヴでした。


こうして、波瀾に満ちた半年の
日比谷カタン式GUITAR&VOCALクリニック~オリジナリティ科~」は
膜を下ろしたのですが、
ほんとうに、最後まで残り、ライヴを披露した受講生のみなさまには尊敬を禁じ得ません。
正直、聴講生というのは、ほんとうに責任のない立ち場で。
話を聞いて、学んだとしてもその成果を具現化して提出してダメ出しを喰らいまくる、
ということは別にしなくてよいわけです。
でも、何かせずにはいられなくなるもどかしさを覚えたり、
また、受講生を審査するとときに、聴講してきた責任と向き合うことになる。

修了後に聴講で参席した友人たちと、「なんかこのまま帰れないよね!」と
クリニックの余韻を語り合ったのですが、
やはり「採点する」ということの重責を感じていたようです。
今回、わたしが強く感じたのは「ピリオドを打つ」ことの大事さと
それに必要なバイタリティだったのですが、
もっと根幹には
「コミュニケーション」という、最もシンプルで、最も重要なテーマが埋められていたのでした。

改めて、受講生のみなさま、日比谷カタン先生、OTOTOYの学校スタッフさま、
貴重で有意義な半年間を、ありがとうございました!

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この記事に対するコメント

Fumica さん♪

こんばんは♪♪♪ 、

初めまして

参加させて頂いて

音楽の事など 何も解らない

自分が 採点する事に 成ろうとは

本当に あの場で 苦しみました~

ただ

素直に話を聞けば

うなずける 事 多いかっと

考えます 、

自分の欠点を つかれる事は

なかなか 認められない事ですが

上手く吸収して 未来への自分の

肥やしとして下さい 、

言い替えれば

大きく成長して下さい!! 。。。

  • 投稿者: よこやん
  • 2013/03/10(日) 21:33:38
  • [編集]

よこやんさま


ブログへのコメント、ありがとうございます。
ただ、ごめんなさい。
こちらはFumicaさんのブログではなく、クリニックに聴講で参加していたヤマダナナという者のブログです。
Fumicaさんのブログは、こちらになりますので、
是非ご本人にご感想をお伝えください。
http://t.co/oomron2xce

わたしも、Fumicaさんの今後のご活躍を、お祈りしてます。

よろしくお願いいたします。

  • 投稿者: ヤマダナナ
  • 2013/03/12(火) 13:11:42
  • [編集]

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