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5月26・27日 ZABADAK 於 東京キネマ倶楽部

  • 2012/06/01(金) 02:00:00

熱いうちに打っておきたい。
ので、順序が前後いたしますが。

5月26日/27日
ZABADAK 25th Anniversary final in 東京キネマ倶楽部

伺いました。


実に感慨深い2日間。
実はZABADAKZABADAKとして、生で観るのは初めてだったし、
ましてその会場が、ずっと憧れながら足を運べなかった東京キネマ倶楽部…!
6月いっぱいでここが閉じてしまう、というのも、感傷に揺さぶりをかけます。


そんで
25周年!ということでツアーも行ってきたZABADAKなんですけど、
最中に、「デビューが1986年」ということが判明し、実は26周年だった、という
微妙に衝撃的な事実が明るみになったわけですが…。


さておき。
参加メンバーは、かのように。


 吉良知彦(Vo.Gt.)
 小峰公子(Vo.Acc.)
 難波弘之(Key.)
 楠均(Dr.)
 吉田誠(B.)
 太田恵資(Vln.)
 鬼怒無月(Gt.)

Guest
(26日・27日)
 仙波清彦(Perc.)

(27日)
 日比谷カタン(Gt.)

 松田克志(Drums,Per.)
 藤井珠緒(Per.)



26日は『プログレナイト』と冠し、インストが多めでヘヴィな展開のライヴを。
27日は『ロケンナイト』として、歌もの中心のアグレッシヴな内容。
投票で上位に挙がった曲を演じたり、ゆうに18年振りの曲が加わったり…と書いてしまうと、
“ファン感謝祭”的なプログラムのようにも感じられるのですけれど、
ほぼ一見に近いわたしでも、胸の裡から滾るようなステージでした。

あらかじめ、くっきりとした切り分けをされていたことにより、
そのタイトルのイメージを遥かに超えた広い世界を、見せて頂くことができました。
ZABADAKが孕んでいる世界観の奥底、果てしない視野。造詣の深さ。
それらを奏でる面々のテクニック、センス、遊びごころ。
リズム、旋律、音色、ことば。そして先入観や固定観念さえも解かれながら、
ありとあらゆるものがひとつの縄を綯って、ゆるゆると空間を囲んでゆくのです。
そこには森羅万象がある。

ZABADAKが醸し出している、
オリエンタリズム、エキゾチシズム、クラシカル、ケルティック…
そういった雰囲気も手伝ってはいるのですが、
むしろZABADAKが持つ水平な視点が、それらを呼び込んだ、のではないでしょうか。


なんてことも頭の隅で渦を巻きながら、
からだはしっかりと、目の前の出来事を受け止め愉しんでおりました。
その名を裏切ることなく、
大曲続きのプログレナイトでは、10分以上の“光の王国”が終盤にさしかかった辺りで、
難波さんが
「(失くしてたと思ってた譜面が出てきたので)せっかくだから、もう1回やっていいですか?」
と、頭から(!)再奏したり、
その後、“鏡の森”で、今度は吉良さんが舵を取ってリトライしたり
(おかげでトータル3時間超えた)。
流石にこれには驚いたというか、愕然と言うか…
しかし、始まってみれば、2回続けて聴くことで
ライヴにおけるインストゥルメンタルの身体性、というか
曲の細胞が常々動いていて、それが生で観ているわたしたち、
ひいては演じている方々に及ぼす静かな侵食と影響を、感じたのでした。

吉良さんソロでも何度か聴いた“EASY GOING”がこの日のクライマックスで、
すっかりと身に沁み込んだハンドクラップのリズムが、
会場全体に伝播して、それは確信に変わります。


ロケンナイトでは、前日同様ゲストとして参加予定だった仙波さんが
最初から最後までほぼレギュラーメンバーとして参加し、がんがん前に出てきちゃうし、
小峰さんの煽りも軽やかでついつい昂って、ぐいぐい引っ張られてしまう。
まあいちばん驚いたのは、
カタンさんが立ちっ放しでギターを弾き続けていたことだったんですけれども…。
吉良さんとのジョイントで幾度目かになる“五つの橋”は、
聴く度に「今日のがいちばん素敵」だと思うのです。
感情を遮二無二引っ張るような強さがある。

プログレナイトでは指定制だった客席もこの日は全席自由。
整理番号順というライヴハウススタイルでの入場だったにも関わらず、ほとんど総立ちの状態に。
アンコール1曲目では
ゲスト・レギュラーメンバー全員+シークレットゲストの松田克志さん・藤井珠緒さんも加わって
総勢11名で、1stアルバム所収の“わにのゆめ”を披露。
もう、柵にしがみついて見入ってしまう。
そして鳴り止まぬ拍手に応えての “光降る朝”は、
小峰さんと吉良さんだけで。そっと額を撫でられるような、
かすかな温度と余韻がいまも残っています。


ZABADAKって、実はすごく“生身”を感じる音楽だったのね。


何を当たり前なことを。と、
長年観てきた方々からは言われてしまいそうですが、
もっと空間的な、それこそ前述した“イメージ”を喚起させる部分ばかりを、
見てきていた気がします。
初めて、ライヴに行ってじかに音に触れ、眼を開けて視ることで
その固定観念を叩かれ、いい塩梅に歪ませて頂いた感じ。
すごく無防備に、解放的に、眼前の音を“現象”として、捉えることができるのです、
ZABADAKのライヴは。


25年という時間は遥かだし、重い。
けれどもそれが“歴史”としてかたちとなり、多くのひとと分かち合えること。
更にそれがいまだ閉じられることなく、綿々と続いていることに悦びを感じるのです。


願わくばその温度がさらに遠く広く、広がり続けんことを。


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