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3月20日 『多方面体音楽とダンスのよる』 於吉祥寺FOXHOLE

  • 2011/03/21(月) 10:00:00

【注】書き手の実感として過去最長の部類に入る気がするので、
読んでくださる方お気をつけて!!
そしてちょうありがとう!!


出演
佐藤芳明(Acc)
日比谷カタン(Vo,G)
タカダアキコ(Dance)


かつて
新宿に『はいから亭』というお店がありました。
新宿と代々木の狭間、といったらよいのかな。
すごく良い音質のスピーカーでジャズをかけ、
夜には、ときおりライヴも行っているというわりと老舗のレストラン。
昨年の春にお店を閉じてしまったのですが、
吉祥寺の駅、程近くのビル地下一階に居を構え、
『FOXHOLE』と名前を変えて営業を再開しておられました。

そこで、ダンサーのタカダアキコさんが
ブッキングした今回のイヴェント。
アキコさんが『ベクトルは違うけど、突き抜けているという点では似ている』と
称する奇想のミュージシャン、ふたり。
それぞれの曲にアキコさんが乱入して踊るかも、という
開幕のアナウンスに、期待も高まります。

というのも。
アキコさんのダンスは、それ自体が曲の一部として機能する。
曲のなかに眠る、
或いは潜む物語を呼び起こして、目に見えるものに具現化するのです。
即興のときは、ぴったりと演奏の隙間に収まって、
完成形のひとつ別の形を、呈示してくれる。
彼女のダンスを見ていると、
音楽は耳だけのものではない、と強く思う。



この日の構成は3セット。
まずは、佐藤芳明さんのソロ。
次に、日比谷カタンさんのソロ。
最後に、三人でのアンサンブル。
ここでは、各々の曲と、即興を少し。
そして、ゲストも飛び入り参加(乱入)するかも、とのこと。


と、いうわけで。
まずは佐藤芳明さんの登場。
フード付きの黒ベストに白いシャツ。
正面から見るとフォーマル、少しナナメを向くとわりとラフにも見える、
といういで立ちで、直立してアコーディオンを構える。

実は
ガレージシャンソンショーでの佐藤さんしか拝見したことがなかったので
浅学故に、曲の細かいところには触れられないのですが
佐藤さんのアコーディオンには、気品と、洒落と、優雅さと同時に
まったく等量の“陰”と“寂しさ”が存在している。
華やかな曲調でも、それを演奏している場所は
もしかしたら
うら暗い路地裏であるかもしれないような。
わりとアップテンポの曲が始まったところで、アキコさん登場。

いま、演者がいるのは、
セッティングはされているけどステージのない、
レストランの一角。
けれど、アキコさんはそこに“舞台”の空気を与える。
在る一線を客席の前に引き、総じてそこを越えない
縦横無尽に動いているのに、寸止めの美意識を感じさせる
(きっと、アキコさんに居合抜きをやらせたら絶品に違いない)。
かと思うと、時々飛び出して、グラスを叩いたりしてみる。
そして、佐藤さんも蛇腹を叩いてみたり、
パーカッシヴにアコーディオンを活用する。
恣意的に、というよりも、その場が必要としていることを
そのまま汲み取って、手渡してくれる感じが、すごくする。
きりっとした、実直そうな姿勢の“静”の佐藤さんの
奥深くの情動、みたいなものを、アキコさんのうねりが
引きずり出すようで。

そして、そのふたりがつくりだす音楽は、
FOXHOLEの仄暗い、けれどあたたかい灯りと相まって
地下の秘めごと、的な淫靡な薫りをより強くする。


すこしの休憩を挟み、
日比谷カタンさんのアクトへ。
アドリヴを含みつつ、“ウスロヴノスチの切符切り”から。
曲中盤の“合言葉”は時事ネタとして最も有効な
AC(公共広告機構)CMの『金子みすず』Ver.のパロディ。
肝になる一言を真逆にするだけで、
取り返しのつかないことになる、という点では
教訓としてはこっちの方が活かされる気がする…
と不謹慎なことを思ってみたりしていたら、
(ネタばれは数日前、既にTwitterに公開されておりました。)
そんな意識を上回る、
さだまさし的連合赤軍哀歌“椛狩~赤の運命~”へ。
その後も“逆抵牾参る”“終末のひととき”
絶望感を煽られる曲が続いたのですが、この2曲はアキコさんが参加。

“逆抵牾”のイントロで、白い傘をさし、
白い布を全身に纏ったいで立ちのアキコさんが現れたとき、
もうそのまま
「斑猫だ!」と思った。

斑猫、というのは、“逆抵牾参る”の曲中に登場する踊り子で、
主人公である殺し屋・逆抵牾と恋に落ち、
彼が巻き込まれた戦いののち、
命潰えるなかで最後に思い出す女性のこと、なのですが。

ふたりの漏れる声が、きちんと重なり合ってハーモニーになっている。
明確なストーリーを描きながら、ずっと歌とギターだけで語られてきた
“逆抵牾参る”が、はじめて立体化した。



『曲が立体化する』というのはすごく抽象的な言い方なのかも知れない。
でも、アキコさんが加わるライヴで、
わたしはそれを何度も観てきた。
石橋英子さん、然り。
高岡大祐さんとのジョイント、然り。
そして、きょうの
佐藤芳明さん、
日比谷カタンさん、然り。
(アキコさん自身、それを知っているのかもしれない。
だから、今日のようなイヴェントタイトルが生まれるんじゃないか、とも思う)


だから
この2曲でアキコさんが踊ってくれたことが、
ほんとうに嬉しかった。
『絶望感を煽られる』と書いたけれども、
曲中の登場人物に息が吹き込まれて、姿が立ち上り、
その瞬間の“生”を垣間見られる。
映像化の企画待たずして実写化!みたいな
(いやそんなお安いもんじゃないけど…)


“終末”の最後、
「いやあ、それにしても 暑いね…」のあとに
音もなく後ろに倒れるアキコさん。物語の終幕。
霧消する、青年と少女。

そして更に休憩、アキコさんお色直しの後は、
三人でのセット。
黒と赤のオーガンジーやチュールで飾られた、
打って変って華やかな印象のアキコさん。
まずは佐藤芳明さんの“アリンコ”から。
ゆるゆる、ず、ず、ずと這うような音とテンポで、
アキコさんの動きも心なし、緩やかに漫ろに。
続いては日比谷カタンさんの“愛のギヨテヱヌ!恋するヰミテシヲン!サ!”
ここでも、歌詞中で語られ続けしかし詳細が解らなかった
『ギロチンプレイ』らしきものを、急くような佐藤さんのアコーディオンの前で
アキコさんが最前に座っていた男性に実演!
寸止め感にハマる人がいるのはきっと否めない…。
そして、次は 『タンゴと、ラーガ(インド音楽における旋律の規則)
を混ぜて9拍子にした』という“ティンゴ”
これも、佐藤さんの曲で、エキゾティークでアップテンポ。
こういう曲へのカタンさんの絡み方、というのは絶妙で、
パーカッシヴでありながらも奇的な旋律を
鮮やかに、何事もなかったように織り込んでしまう。
アキコさんの動きは水を得た魚のように、軽やかに曲に寄り添う。

そして、ここで飛び入りのチューバ奏者・高岡大祐さんが乱入!
そもそも、『はいから亭』時代に高岡さんが
ぐうぜん、このお店を発見したことから、今回のイヴェントまでの
総てのお話は、連なっていると思うのです。
(詳しくは、2010年3月28日の日記を参照、のこと)
括りあげた髪に笛を簪様に挿してのご登場。
さんざ、心地よい悪態を吐きあった後で(佐藤さんは静観)、
日比谷カタンさん“ヘテロのワルツ”を。
高岡さんがホースを回して鳴らすひゅんひゅんという音が、
アキコさんのしなやかなステップが、
静かにのびてゆくアコーディオンが、
カタンさんが浮かび上がらせる
曲中の『ふたり』の後姿を、よりくっきりと影の色濃く、照らす。

そして最後はインプロで。
不穏な音から始まったそれは、徐々にギャグ的要素を強めていき、
ステージのうえのミュージシャン総てが、それに呼応する。
ACネタを引きずりながらも、
(佐藤さんまで『仁科亜希子ネタ』で参加!
折り目正しさがまた違う味のある笑いを呼び起こす…)
シリアスとコミカルの間を自在に行ったり来たりする。

総てが終わったとき、
そこに『時間』という概念が存在していることを
やっと思い出した。
3セット、休憩という我に帰る時間はあったけれども、
それまで人間に必要不可欠と思われてきた感覚を失うほど、
“生”に集中していたのは、
初めてなのか、久し振りなのか。とにかく、思い出せないくらい。


陶酔の溜息とか、琴線に触れる笑いだとか、
心を打たれる衝撃、とか
FOXHOLEには、そんな動きを抑えたり潰すものは、
何ひとつなかった。


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