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届くと届かざるとにかかわらず。

  • 2011/03/14(月) 23:59:00

まず。

この度の東北地方太平洋沖大地震で
甚大な被害を被られた方、
大事な方を亡くされた方、
また、大事な方の安否が判らず、或いはご自身の一寸先も読めず
不安を抱えていらっしゃる方々の
お心が休まる日が一日も早く訪れることを
心から、願います。
そして、亡くなられた方々へ、お悔やみを申し上げます。


安否確認も含めた意味で、
自分のことを、書きます。
いろいろ脱線するかも知れませんが、
ご愛読くださっている方(いるの…か?いたらありがとうございます)
『まあいつものことだな』と受け取って頂ければ、幸いです。


今回の地震の際、わたしは渋谷にいました。
本来の予定より少し早く着いていたため、昼食でも摂ろうかな、と
スペイン坂に赴いてお店に入ったその瞬間に、おおきく地面が左右に揺れました。
振動は長く、おおきなものでした。
「直下型がほんとうにおそろしい」という考えを刷り込まれていた
楽天的なわたしでも、
「これちょっとやばいんじゃないか」と思うに至るほどでした。

揺れが収まってほどなく、店を出ると往来にはひとが溢れていました。
余震は何度も続き、揺れと何処からか湧き出した下水のにおいに、
酔ったような人も見受けられました。
とりあえず、今日済ませる用事を終えたら、素早く渋谷を離れよう。
そう思ったものの、当然電車はすべて止まっており、バス停も長蛇の列。
徒歩で帰宅することを選びました。


Twitterでまめに情報収集をしていると、事の重大さが
どんどん、身体の芯に伝わっていくのを感じました。
その中で、友人たちが次々と『無事』である旨をつぶやいてくれる。
或いは、災害情報をリツイートすることで、「あ、無事だ」と感じさせてくれる。
そして、
見知ったライヴハウスの名前がタイムライン上に上がり、
『立ち寄り所として開放しています』旨のツイートを見ると、それだけで励まされました。
公共機関や学校なども、多く同じ措置を取っていたと思います。
けれど、運営する主が自ら宣言し、それがダイレクトに伝わってくる。

その日の夜の冷え込みはきつく、歩いている人たちの背中は、
わたしも含め、心なし縮まっていました。
それでもそれが苦にならなかったのは、
そうした“意志を持ったことば”に支えられたからだ、と
信じて止みません。

帰宅して、家のなかが思ったほど荒れていなかったことに安堵しつつ、
まず、テレビを点けました。
自分が3時間歩いたことなんかどうだって良くなるような映像が、
次から次へとノンストップで入ってきました。
それこそ、目を覆いたくなるような、無残としか言えない光景が。

思えば、東京の被害は、軽微なものです。
けれども、友人知人の安否が解らない不安や、
これまで体験したことのない脅威にさらされたときの気持ちは、
物理的な被害で計ったり、相対化できるものではないと思います。


他人の苦痛を察知して同調するよりも、
そこに「理解できないほどの苦痛」が存在していることを理解すればいい。
と、わたしはずっと思い続けてきました。


怖いものは怖いし、
大事なひとが急に消えたら、かなしくなるのはきっとみな、同じ。
じぶんの不安に向き合ったうえで、そのことにも思いを馳せられるのなら
それができるだけで、十分だと思います。

動くことも、休むことも
祈ることも、待つことも
なげうつことも、集めることも
泣くことも、笑うことも
すべて、行動で
じぶんがなにを採るかはそのひとにしか決められないことですし、
その結果は、かならず誰かの、なにかに影響を残します。

そのことを、どうか忘れないでいてほしい、と思うのです。
このたび、わたしを助けてくれたすべてのひとに。
甚大な被害に対して、なす術がないと嘆いているひとに。
見えない恐怖と、闘っているひとに。

どうか、ご自愛ください。

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