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聖夜のSA-GE-MA-N■12月18日『婦人・ド・ノエル』 於恵比寿天窓.switch

  • 2010/12/18(土) 15:00:00

(ご本人による、この日の詳細レポートはこちら。
http://shibakusa.exblog.jp/13906339/)



会場である恵比寿天窓.switchには、初めて行ったのだけど、
白くて細長くて、そこそこ高さもある建物で、
少し、教会を思わせた。
そこの地下に下ってゆく、という行為も、なんだかどきどきする。

聖なる、というか(一部の価値観だけれども)倫理の象徴、たる場所の
隠された空間に、忍び込んでゆく、
という行為の疑似体験。
というのがさ。
そこで繰り広げられたライヴは、
コンサート、と呼ぶにはどこか物語的で、
しかし、シアトリカル、と言ってしまうには抽象的で。
それでも、
ひとりの女性の、茫漠としてなおかつ混沌とした
精神の状態、
否、アタマのなか、と言っちゃって、いいのかもな。
を、表しているようだった。

あくまでそこの主は、“ひとり”なのだ。
だから、知っちゃかめっちゃかなように見えても、
どこかでひとつの柱に絡みついている。

例えば。
黒いボディ・コンシャスな衣装に黒い仮面。
でも白い羽の天使の姿をした
ゲストの高橋香織さんと、
純白のウェディングドレスの柴草さんとの、
挑発合戦。

あの場面を観ていてまず思い出したのは
『キル・ビル2』
ザ・ブライド(ユマ・サーマン)とエル・ドライヴァー(ダリル・ハンナ)の
ガチンコ対決。
あの泥臭いまでのアクションよりは、ずっとずっと
スタイリッシュだったけれども、
“女の意地”の一点で動くが故に、動機も目的も遙か彼方…という構図は、
ステージからすごくよく、見てとれた。

そして、このステージのふたりには、
共闘意識もあった、ということ。
“女の意地”は、幾重にも増殖するのだ、きっと。
だから、高橋さんがステージを去ってしまった後の柴草さんの表情には、
若干の寂しさも、見えていたりして。

“ひとり”で、アコーディオンを抱える柴草さん。
そこで歌われる“微粒子”は、底冷えがした。
アルバム『うつせみソナタ』に収録されています。
このアルバムは、風景の美しさを描くことに特化したアルバムで、
『写真を撮る』ことをテーマに据えたこの曲も例外ではないのだけれど、
その“美”のなかにちらりと見える影が、ほんとにおそろしい。
アコーディオン弾き語り、という温みと素朴さが、その影をより、濃くするから。

その恐ろしさ…というか、情念の底冷え、青い焔を感じたところで、
始まったのが新曲(?)の“イカ女”ですよ。
「背後霊が見える似顔絵描きのひとに、
『あなたの背後霊はイカです』と言われ、
似顔絵の背景に大量のイカ群を描かれた』とゆう。

これを、即興的に見せながらもポピュラリティも兼ね備えた“1曲の歌”として
完成させてしまうところが、
柴草さんの『恐ろしい』ところだと思う。
流石は、小唄婦人。




この日は、ファンにとっても永らく待たれていた
CD+DVD『さげまんのタンゴ』発売記念、とゆう意味もあって、
中盤でどどーん、とフィーチュアリングされておりました。
ウエディングドレスを脱いで、黒いシースルーの
チュチュのよな衣装に身を纏う柴草さん。
ほんとにか細い。
肉感、とはまた違う艶がある。
そう、触れて穢してはいけないような、怖さに近い艶が。

高橋香織さんとのデュオによる
“ヴァイオリンとピアノのためのさげまん狂詩曲”もあり、
DVDに収録されているカラオケ(!)をバックにした
生カラさげまんのタンゴ”もあり
(さりげなく、映像のなかのグレースさん《Dr.》とシンクロしてみたりも)、
『婦人・ド・ノエル』つうか『さげまん・ド・ノエル』つうか…。

アヴァンギャルドって、こうゆうひとのことを言うんじゃないか。
とすら、思ってしまう。

ピアノに座っていたり、オフステージで見かけたりする柴草さんは、
ほんとうに静かで、秘めやかな抑えた印象の方なのに、
いちど炸裂すると、それはもう、えらいことになるのだ
(えらいこと、は是非、ご自身の目で視て頂きたいトコロ、なの)。

そして、終盤で披露された
“たたみちゃんのテーマ”
ダメさも全面に押し出されているけど、それを認めたうえで
「なかなかしぶといオンナノコ/なかなかめげないオンナノコ/
40歳のオンナノコ/(ほんとは)42歳のオンナノコ」
と歌われるたたみちゃんに、実はわたしも、なりたいのです。

そして、“アクアリウム”“靴の詩”、ほんとうに
忍ぶこころと意地がせめぎ合って、形づくられる“大人の女”像に
憧れを抱いてしまうような曲が続き、
プロジェクターに、ボブのヅラを後ろ前にかぶった
すっぴんの柴草さんがアップで映される。
そして、その(おそらく数時間前の)柴草さんと会話する、
ステージの上の柴草さん。
これは、『セルフ・カンヴァセイション』といって、
『婦人・ド・ノエル』(は、毎年やっています)の恒例コーナーらしい。

さげまん』制作の舞台裏の回想だったり、
たぶん多くのひとが脳内で行うであろう(行いますよ…ね…?)
独り言拡大版、のような感じなのだけれど、
確かに『柴草玲』というひとが、ふたりいて会話をしているかのように
重なり合いながらも、瞬間・瞬間の変化が
ありありと映しだされていた。

ライヴの最後に
さげまんおんど”なるものも登場し、
オーディエンスに感謝の辞を述べてくださったりもしていたのだけれど、
その感傷も、柴草さんはコントロールを効かせているんじゃないのか。
と邪推してしまうほどに、
彼女は、いろんな感情や、無常や、情念の渦の真ん中にいるのではないか。

だから、彼女の歌はどんなスタイルを取っても、
その印象は変わらない。
どんなものが絡みついてきたとしても、
柴草玲”という“女性”の一本柱がある限り。

さんざ愉しませてもらって、
臆さない、という勇気ももらって、
(ついでにその勇気で、“さげまんのタンゴ”PVで使ったとゆう、
クリスマス袋《男性用・セクシー篇》も買って…)
ほくほくと帰路に就くなかで、
わたしは、
吉野朔実のまんが『ECCENTRICS』の、
いちばん好きなこのことばを、思い出していたのでした。

「混乱を愛して」。






ええと。
一応冒頭にも掲載しましたが、
ご本人のブログ(時々名前が変わるけど、いまは)
『Tango de SA-GE-MA-N』に、
この日の写真付きの詳細レポが掲載されていました。
なので、全貌を知りたい方は、是非こちらを

http://shibakusa.exblog.jp/13906339/ 


あと、ブログ中で緑文字になってる曲目は、
未発表曲です。
赤いのは、galaboxとかで購入できるアルバムに入ってますよ。
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